ミクロアース物語 0.100

ツタンカーメン

 エジプトを「ナイルの賜物」と呼んだのは古代ギリシャの旅行家ヘロドトスである。これはまさに的を射た言葉であった。エジプトでは毎年決まった時期にナイル川が氾濫し、新しい土壌が形成された。他の国々では土地はすぐに荒廃し、作物が1種類でも育てば神に感謝したが、エジプトでは毎年様々な作物を収穫できた。小麦とタマネギは毎年必ず豊作で、ナイル川流域の農民の間には安心感が育まれていった。
 この安心感は、エジプトが地理的に孤立していたことでいっそう強まった。周りの広大な砂漠や海が、他国の軍隊の侵入を阻んでいた。エジプト人は、自分たちが住んでいる場所こそが楽園だと信じていたが、軍隊が発達すると遠くまで遠征し富を持ち帰るようになった。
 古代エジプトの王は指導者としてだけでなく、国家と国民の安全を守る神として崇められた。国王を頂点とする中央集権政府は、灌漑用水路のような大規模事業に国民の注意を集中し、国力はさらに充実した。ピラミッドを見れば、古代エジプトの王権がどれほど強大だったかがよくわかる。
 国の発展とともに行政もどんどん複雑になったため、王にはもはや各地の神殿に出向いて神に祈りと供え物をする時間がなくなった。そこで王の代役を務める神官職が誕生した。エジプトには様々な神が存在したため、神官たちの間で熾烈な競争が繰り広げられた。王は外国を征服すると、神に勝利を感謝し、戦利品の一部を神殿に寄進した。どの王も先代の王より気前のよいところを見せようとしたので、神殿には驚くほどの富が蓄えられ、神官の数は数万にもふくれ上がった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89#/media/File:All_Gizah_Pyramids.jpg

 エジプト第18王朝のアメンホテプ4世が即位したとき、エジプトは繁栄の絶頂にあった。この繁栄を築いた累代のファラオ達は精力的に周辺国と交戦してエジプトの勢力を伸ばしてきたが、長年の外交努力が実って先代のアメンホテプ3世の時代にはヌビアの反乱を鎮める程度しか軍隊を率いたことはなかった。新王は祖先らの手腕を認めつつも、国のあり方には大きな歪みを見出していた。ナイルと太陽の恵みは、堕落した神官達の私腹を肥やすためにあるのではない。神殿への捧げものを出し渋る支配地の領主には、ファラオの命令を拒めばどうなるかを知らしめておく必要もあるのだが、軍を動かせば敵にも味方にも犠牲を生む。寡婦となり孤児となった者たちの嘆きを見れば、神々がいかに望まれようとも戦を仕掛けるべきではない。アメンホテプ4世は美しい王妃ネフェルトイティに言った。「余はもう戦争をしないことに決めたぞ。エジプトの勢力が縮小しようが構うものか。占領地からの貢物をよこせとアメン神官やラー神官どもが言うのなら、奴らとはもう付き合わぬ。新しい都で、子ども達といつまでも平和に暮らすのだ。」
 肥大林立する諸宗教を遠ざけるため、テーベからナイル川を約277km下ったアケトアテン(現在のアマルナ)に遷都し、自らの名前もアクエンアテンと改めた。新しい都の建設は嬉々として進められた。そこでは人間的で自由な文化が花開く。何より大切にしたのはありのままに生きる姿であった。伝統的な硬直した美術様式は意図的に破壊され、自然主義とも呼ばれる写実的な動植物や、子どもとのスキンシップを描いた家族愛あふれる王族の絵画が多数作られた。物質的な豊かさの陰で長い忘れられていた幸せがここにはあった。
 アクエンアテンと王妃ネフェルトイティには6人の娘がいたが、男子には恵まれなかった。アケトアテンでの暮らしを永遠に続けるためには、誰もが納得するような王位継承者が必要だった。王の一家は祈った。暗い神殿の奥深くに祀られている神々にではない。小さな瞳の中にある大いなるものに呼びかけた。この宇宙を宇宙たらしめているものがあるのなら助けてくれと心で叫んだ。
 一塊の星屑がその願いを受け取った。星屑に宿る魂は思った、「この人の子どもにならなくては」と。

 ミクロマンの進化には人間的進化と機械的進化がある。サハラ砂漠の一地域で産出したシリカガラスに含まれていた水晶体の核は人間的進化を起こし、人の胎児として突然よみがえったのだ。

 ファラオの側室が身ごもった命は、在位9年目にして初めて産まれた男の子だった。ファラオは赤ん坊の輝く大きな目を見つめながら、太陽に象徴されるエネルギーこそ全ての命の源であることを理解した。それを彼なりに国民に教え広めようとしたのが「アテン」である。アテンを畏れ、感謝する中で人々を団結させようとした。

《アテン賛歌》より
 あなたの行うことの何と多いことよ。しかし、それは人々の視界から隠されている。
 唯一の神。それ以外存在しない者。
 あなたは一人で、あなたの心のままに大地を創った。そして、人類、大家畜、小家畜、
 地上にいて、その両足で歩む全てのもの、空中にいて、その翼で飛ぶもの、カルゥとクシュの国々、
 エジプトの国を創った。
 あなたは、すべての人を、そのあるべき場所に置いた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%974%E4%B8%96#/media/File:Aten_disk.jpg

 ツタンクアテン王子はまっすぐに育ち、人の心を思いやれる年齢になった。聡明な王の論ずるところは全く反論の余地はなく、感情面からも合理性からも納得のいくことばかりであった。自然科学の発達していたミクロアースでは、宇宙の真理を探究することが宗教の代わりに心のよりどころとなっていたことがある。アテン信仰には、宇宙の本質を謙虚に理解しようとする姿勢に通ずるものがあった。ただ、なんとなく父に向けて憎悪の思念が漂っていることを感じたが、腹違いの姉アンケセンパアテンが家族にとても優しかったので不安を抱くことはなかった。
 王宮に立って町を見下ろした時、かつてのミクロアースでの平和で活気あふれる人々の暮らしを思い出した。地球人にもユートピアを作れるかもしれないと思った。
 しかしアクエンアテンの平和政策は、占領地からの富を逃した輩やテーベの旧神官団から激しい反発を買った。弱腰に付け込んだ周辺国の武力挑発も、旧勢力を焚き付けた。
 人心を掌握しきれないで焦るアクエンアテンを疫病が襲った。容体は重篤で、まだ9歳のトゥタンクアテンに父王は言った。「エジプトの混乱を収めることを優先せよ。私が死んだらテーベの神官団らをまた頼るがよい。」改革者アクエンアテンは志半ばにして息を引き取った。しかしその悲しみも、さらに大きな災厄の前ぶれに過ぎなかった。ピラミッドにより封印されたと思われていた太古のアクロイヤーが復活しようとしていたのだ。
 父を亡くして戸惑う少年王の前に、ステルスと名乗る一人のミクロマンが現れた。彼と自分は同族で、遥か昔にも仲間がギザ地区で悪と戦っていたこと、平和を愛する同志であることなどを知る。
「俺は小さいなりをしているけど、きみの味方だ。声を出さなくても心が通じ合えるだろう?俺もきみも、ミクロアースからこの星にやってきたんだ。覚えているはずだぜ。それから、あの大ピラミッドを作った3人のファラオも同族さ。もう300年以上も前になるけどね。クフ王、カフラー王、メンカウラー王っていう、第4王朝のファラオのことも知ってるぜ。俺はサイボーグ化して甦ったから何とか体はもつけど、クフ王達は人間の肉体で甦ったからとっくにいなくなっちまった。でも死んだわけじゃない。ちっちゃな核になって、いつかまたチャンスがあったら目覚めようとじっと待っているだけなんだ。」
 ステルスは太陽の無限の力を利用する道を説いたが、現在は困難であることもわかった。
「大ピラミッドは、ミクロアースにあった集光子エネルギー装置と同じものだ。だが今は使えない。異次元のゲートを封印するため、4次元八面体が3次元に折り畳まれているせいだ。あれが使えれば無尽蔵のエネルギーでたくさんの人間を助けられるんだが。」
 ステルスの話を聞いたツタンクアテンには、ミクロアースでの記憶が一気によみがえってきた。「僕はシェリフだ。平和を愛する人々を悪の手から守り通すのだ。」
 臨時の女王スメンクカラー(ネフェルトイティが即位した名)からシェリフは正式に王位を引き継ぎ、ツタンカーメンと名前を変えて当面安全策を取ることにした。表向きは旧アメン神官団を頂点とする多神信仰国家に戻し、再びテーベを都とした。そして水面下では、協力者を捜しながら太陽エネルギーを復活させる研究を始めた。

 その頃、敵対するヒッタイト国の武装が強力になり、国境の守備がままならなくなっていた。しかも国内では恐ろしい疫病が流行し、国民の信頼は得られないでいた。外国人の襲撃と疫病により滅びた村をステルスが調査していたとき、視界の端に怪しい影が映った。ナイル川を血の川に変え、サハラ砂漠に死体を敷き詰めようとエジプトを呪っている何者かがいた。
 父王の目指した理想郷の追求を思いとどまることで、皮肉ながらエジプトは幾分落ち着きを取り戻した。ツタンカーメンは成長するまでに何度かやむを得ず戦の指揮を執ることもあった。ツタンカーメンが戦場の地理的な条件を読み解いてそれを最大限に利用するのが生まれつき得意だったのはミクロマンの能力に由来するものであるが、そのために彼の指揮する戦闘は全て大きな戦果を挙げた。だが人間同士が傷つけあってはならないと悩んでいたのは父と同じであった。そして今や本心を打ち明けられる相手は、異母兄弟にして妻であるアンケセナーメンだけであった。
 そんな時、ステルスがヒッタイトの製鉄所への潜入に成功した。古代の人間に不似合いな近代的武器をもたらし、資源を浪費し、鉱毒を排出し続けるその城塞で、ステルスは1体の怪物を見た。磨いた剣のように鈍く光っていた怪物の顔は、毒や炎に蝕まれて錆びついたかと思うと、たちまち汚染物質を吸収して金属質の新たな外皮に覆われながら、怪物は快楽の声を上げていた。ヒッタイトに精錬技術をもたらしたのはこの怪物であった。また怪物の体は強烈な腐臭とともに様々な病原体を風にのせてまき散らしていた。怪物は地上に争いと汚染物質を蔓延させることを目指していた。
 この知らせを聞いてツタンカーメンは色めきたった。エジプトに様々な不幸をもたらした元凶は人ならぬ異形の怪物であったことに、むしろ敵が人間でなくてよかったと思った。奴さえ倒せば、ユートピアの建設にまた打ち込めるのだ。血気盛んなツタンカーメン王は精鋭を率いて自ら敵地に突撃した。首尾よく本体の怪物に肉薄することはできたが、まともに剣や弓矢で戦って勝てる相手ではなかった。奴はアクロイヤーだったのだ。若き王はチャリオットごと巨大な拳で叩きつけられ、深手を負ってしまった。
 命からがら王都に逃げ帰ったエジプト軍だったが、アクロイヤーをその目で見て途方に暮れた。あらゆる化学的ストレスを受け入れてしまう怪物に、どんな攻撃が効くというのか?その金属質の細胞は火矢ぐらいでは簡単に再生してしまう。再生できないくらい強力な熱線があるとすれば、太陽炉はどうだろうか?当時のエジプトにも金属を磨いて鍍金を施した鏡があった。これを兵士らに持たせ、反射させた太陽光を集中する訓練も行った。だが様々な技術的な課題が見つかり、とても実戦で使えるような兵器にはならなかった。当時のエジプト領に含まれる死海のほとりには、立方体をした塩の結晶が大量に打ち上げられている。塩の結晶の1つの角を削って正三角形の面を出すと、その三角形に入った光は、奥の直角に交わる3つの面で全反射し、入った光と全く同じ方向に出ていく。この仕組みを応用して夜間警告用の反射器などが作れるが、光の進路を自由に曲げることはできないので、太陽炉には使えなかった。ピラミッドに眠る仲間にもテレパシーで呼びかけた。だが答えはない。本当にもう打つ手はないのだろうか。
 失意に臥せるツタンカーメンのもとに、心強い仲間が現れた。モーセである。モーセはツタンカーメンと同じように人間の姿でよみがえったミクロマンで、幼いころから王宮に仕えていたが、アクロイヤーと戦うために強力な念動力を持っていることを明かしたのだ。ツタンカーメンはモーセに作戦を伝えた。
 アクロイヤーが死海の湖底に侵入したという知らせを受け、ツタンカーメンはアンケセナーメンに別れを告げて出撃した。アクロイヤーがエジプト軍に襲いかかろうとしたとき、青空の一点が明るく光った。それはモーセがバンアレン帯の軌道から死海上空に引き寄せた大水晶体の輝きであった。ファラオの指揮の下、ファラオの軍隊は太陽光を反射させて大水晶体に浴びせた。そこにはステルスが取りついて大水晶体の向きを調整していた。大水晶体に蓄えられる光子エネルギーが上昇し、ステルスの集光子装置にエネルギーを伝えた。胸の発光ダイガードがアクロイヤーめがけてフル出力で破壊光線を発射した。ダイガード・ショックはアクロイヤーを見る見るうちに融かしていった。しかも射線の延長には塩のキューブリフレクターが敷き詰められ、反射した光線によってアクロイヤーを裏側からも攻撃した。そのまま大水晶体に戻った光線がさらに増幅されてまた発射された。まばゆい光と叫び声を発しながらアクロイヤーは蒸発していった。
http://polyhedra.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-447c.html
 アクロイヤーが完全に消滅する刹那、人魂のような青白い光が光線から逃げるように流れ出した。「あれがアクロイヤーを再生させている元素だ。この身に代えても、アクロイヤーはこの星から消し去る!」ツタンカーメンは飛びかかって青白い光を両手でしっかりと捕まえた。
 青白い光は消え、シェリフの人間としての肉体は命が尽きた。しかし人々はファラオの遺体を大切にミイラとして保存処理した。そしてその記憶は謎の元素αHの力により棺と共に数千年の間眠り続けることとなった。

 モーセはそれからエジプトを離れてこの星を調べ、人類とミクロマンが共存する方法を探した。数十年後エジプトに戻った時、かつてのアケトアテンの文化を大切にする人々の指導者となり、ユートピアを求めて旅立っていった。

《出エジプト記 14. 37-38, 21-22》
 さて、イスラエルの人々はラメセスを出立してスコテに向かった。女と子供を除いて徒歩の男子は約60万人であった。
 また多くの入り混じった群衆および羊、牛など非常に多くの家畜も彼らと共に上った。
 モーセが手を海の上にさし伸べたので、主は夜もすがら強い東風をもって海を退かせ、海を陸地とされ、水は分れた。
 イスラエルの人々は海の中のかわいた地を行ったが、水は彼らの右と左に、かきとなった。

 モーセの肉体が滅んだ後、その魂はエジプトンというミクロマンとして甦ることとなる。

解説


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